Mahatma Gandhi said......



Hate the sin and love the sinner.



 縁側にじっと座り続ける背を見つめる。いつからこうしているのかは、よく思い出せない。
 わかっているのは、突然やってきた男が妙の姿を認め、縁側に腰を落ち着けたことだけだ。それきり近藤は動かなくなった。まるで最初からそこに根を張っていたかのように、今に至るまで微動だにしないでいる。
 常であればあれこれと妙を構い、よく笑うはずだが、今日に限ってはそんなこともない。妙の好きな、あの無邪気で愚直な明るさはすっかりなりを潜めてしまっていた。
 そんな状態だから、普段近藤の訪れに華やぐ志村家はいたって静かなものである。時折水をたっぷりと含む梅雨の葉々が触れあい、音を立てるが、音らしい音といえばそれくらいだ。蝉も鳴き始めず、雨も降らぬ時分と人気のない周囲。それでも静か過ぎるように感じないのは、目に見えない無数の水蒸気が煩雑に密集しているからだろう。
 曖昧な天気の中、庭が酷くゆったりと明滅する。厚い雲と薄い雲交互に太陽を包みながら流れていく。この気の遠くなるような繰り返しを何度、近藤の背とともに見つめたのか     考えるだけでもうだりそうだ。
 (つまらない)
 妙は握り締めた団扇を弄(もてあそ)ぶ。本当なら思い切り涼をとりたいところだが、じっとしている近藤の手前動くこともはばかられ、どうもできずにいる。
 (……こうしてると、本当に岩のような人)
 上目遣いに広い背を睨むと、腹立ち混じりに目を伏せた。様々の重圧にきしむ肩とは裏腹に、背筋ばかりがしゃんとしている姿が憎らしかった。
 そんな風にされると妙は何も言えない、何も出来ない。わかりやすく落ち込んでさえくれれば仕様もあるが、背筋を伸ばしてどこかを見据える近藤にぐちゃぐちゃと己の感傷だけで働きかけることなど出来やしない。そんな下らない女に成り下がるなど妙のプライドが許さないのだ。
 (何をしにきたのかしら)
 まるで妙が傍にいることが当たり前のように背を向け続ける近藤。
 つかめない意図と一向に動きを見せない展開に、妙は焦れ始めていた。もとより我慢強い方ではないし、じっとしていられる性格でもない。いい加減に待つばかりも嫌になった。
 少しもしないうちに決意すると、近藤が何もしないなら、と打ち水に使う桶を取りに立つ。近藤も暑いだろうという気遣い三分、視界に入りたい我侭が七分。それらを胸に抱えながら妙は足早に奥へ入ろうとする。
 途端、黙していた巨岩が喋った。
 「そこにいてください、お妙さん」
 有無を言わさぬ声に妙は足を止める。不服もあらわに振り返る。近藤は妙の方を見ようともしない。庭の方を向いたまま、相も変わらずどこか遠くを見ている。
 (庭に何が見えるっていうの、いくじなし)
 妙は踵を返し、先ほどまで座っていた場所を大またに通り過ぎた。そして近藤の背後に仁王立ちすると、くるりと背を向けて背中合わせに座りこんだ。
 見つめるばかりだった厚い背に背を持たせかけると溜息が零れる。思った以上に近藤の体は湿っていたが、同時に冷えてもいた。こんな暑い中で、いつも温かな男がこうもなることを妙は初めて知ったが、驚くことはなかった。
 近藤の仕事が何なのかは、知っている。
 「何か言わないんですか」
 静かな問いかけに、近藤はごく低い声で囁く。
 「気分のよい話ではないから」
 見えない表情に一抹の寂しさを覚えながら、いっそう近藤に擦り寄った妙は口の中でうなる。
 (そんなこと知ってるわ。あなたがやってるのは、     人殺しだもの)
 近藤だけじゃない、真選組自体がそもそも人殺しを前提に作られた集団だ。大義名分を掲げあって様々な集団と殺し合いを演じることが、与えられた役目。土方も沖田も山崎も、他の隊士も、その責務を果たすことで生きている。
 そのくらい、妙にだってわかっているのだ。
 そんな仕事をしていて、気分がいい話が出ることなんて滅多にないことも。
 幸か不幸か殺し合いの中生き残った近藤が、人殺しと呼ばれるしかないことも。
 殺されてしまったら近藤はもう人殺しではなく、ただの死人に成り下がってしまうことも。
 だから殺される前に殺すしかないことも。
 わかっている、知っている。なのに何故その荷を預けることを頑なに拒むのか。
 「……馬鹿ね」
 小さく小さく呟き、妙は目を伏せる。瞼を硬く閉じて浅い闇に浸かる。
 (私の前で、綺麗な顔なんてしなくていいのに。汚れた手を隠さなくっても、私は、)
 出来るだけゆっくりと目を開き、思い切って明るい声を出してみせる。
 「暑いですね。きっと近藤さんがゴリラみたいだから、この辺の気温が上がってるんだわ」
 近藤も敏感にそれを感じ取ったのか、少し無理をした優しい声が返ってきた。
 「神様が熱帯雨林と間違えてるんですかね。ゴリラも今じゃ希少だから、保護してくれようとしてるのかもしれません」
 「本当困ります。暑くて死んでしまいそう」
 「はは、なら少し離れたらいいじゃないですか」
 その一言に、持っている勇気の全部を使って、妙は声を絞り出す。
 「だって、……離れたくないんだもの」
 妙がもたれかかってさえびくりともしなかった背が、初めて震えた。詰まったような声が漏れ、沈黙する。
 ずっとそうしていた。
 暗い空が一瞬明るくなり、また暗く溶ける。
 「やっぱり離れてください」
 ようやく、といった様子で零された声は、目をつぶってしまえば近藤とは思えないほどに弱い。
 「嫌」
 首を振る。見えない唇から苦しげな吐息が零され、搾り出された言葉が耳をうつ。
 「……あなたを抱き潰しそうだ」
 一瞬邪(よこしま)な想像を起こした妙は視界がくらりと揺れるのを感じた。しかしややあって、近藤が婚前交渉はしないと断言していたことを思い出し、頭(かぶり)を振る。
 それでも一度脳裏によぎった考えは簡単には消えず、僅かに震える声で体を離す。
 背を向けたまま、告げる。
 「好きにすればいいじゃない」
 言い終わるか終わらないかで、腕が回った。あまりに早い反応と肌にきつく食い込む腕に妙は息をつめた。心臓の音が聞こえそうなくらいに叫びだし、頬にかっと血が上る。汗ばんだうなじに近藤の静かな吐息がかかり、体の中がざわざわと騒ぎ出す。
 普段感じることのない他人の体温の近さと、その相手が近藤だという事実に妙はたまらない気分になったが、自分の言い出したことなので胸の内を押さえた。
 しかし時間が経つにつれ恥ずかしさが勝り、腕の中でもがく。
 「や、やっぱり離してください」
 「いやです」
 「近藤さんっ!」
 「もう少しだけ。      荷が重いんです」
 弱りきった声に妙は一瞬抵抗をやめる。頃合を見計らった近藤が僅かに腕を緩める。
 次の瞬間、油断しきった腹に容赦なく肘鉄を見舞い、妙は近藤を引き剥がして叫ぶ。
 「あなたは!何も考えなくていい、落ち込む必要なんかない!だって、ここではあなたなんかただのゴリラなんです、だから…っ!」
 言葉を見失って、少し赤くなった目が八つ当たりのように近藤を睨む。完全に虚を突かれた顔をした近藤は、一瞬苦しげに眉をひそめ、ゆっくりと相好を崩す。
 「お妙さんは、やっぱり菩薩のようなお人だなぁ」
 心底感心したような顔で近藤が呟くので、怒りはどこへやら、妙は少しだけ笑ってしまった。



Hate the sin and love the sinner.
10/07/24






「Apricot Orange」のあんずたけ様のサイトにて、12万ヒット記念のリクエスト受付企画というのをされていて、図々しくもお願いしてしまいました。だってこんな機会二度と無い!
サイト内で思いが通じ合う近妙を書いておられたので、その後の話、仕事の事でヘコでんる近藤さんと元気づけてあげるお妙さん、という趣味丸出しのリクエストでした。好きな書き手様に、自分好みのシチュで話を書いて頂けるという事が、こんなに幸せだとは…!

実はお願いの際に、ちょっと色気があったらいいなとは思ったのですが、自分でやるならともかく人様にそれはあまりにも…と控えたのですが。ワタクシ何か電波飛ばしましたでしょうか。そういうことを意識してしまって動揺するお妙さんが可愛いです。でも最後はやっぱり肘鉄なお妙さんがお妙さんです。そして近藤さんが。近藤さんが…(回転→倒)。落ち込んでても背筋の伸びている近藤さんがこの上なく漢前だと思いました。甘くないけどお互いを思いやる様な、そんな二人がたまりません。
あんずたけ様、本当に有り難うございました! 感想長くてすみません。

Apricot Orange」様は銀魂では土山/銀新/近妙を書いておられます。特にザキファンの方はたまらんと思います。近妙スキーの方も是非。