朝、洗面所で洗った顔を拭こうとすると、脇に置いていたタオルの上に個装の醤油煎餅が1枚乗っていた。顔を洗っている間に皆出て行ったのか、周りには誰もいない。
身支度の後、食堂で朝食をとりながら右隣の隊士と談笑していて、視線を前に戻すと食器を載せたトレイの左スミにやはり個装の和菓子が1個。
見回しても視線がこちらにある者は誰一人いない。
その日一日、近藤の周りで隙あらば菓子が出現する光景は、ちょっとしたホラーだった。口元に小さく貼り付いた近藤のニヤニヤ笑いも含めて。


夕刻、翌日の打ち合わせに訪れた土方が局長室の障子を叩いた。
「近藤さん入るぞ」
「おう」
「明日の要人警護の…ってうわ、何だそりゃ」
「どうよコレ」
「どうよって言われてもな」
満面の笑みで笑う近藤が座る机の上を、所狭しと小さな菓子の包み達が占領している。
形もさまざま、まるで色とりどりの花が咲いた様だ。
「何がすげェって種類がかぶってねェのな」
「あー誕生日のアレか。アンタが妙な習慣始めるから」
「あんなこンまいお菓子、別に誕生日じゃなくたってやり取りするじゃん」

もともと、むくつけき芋侍の集まりである真選組の面々に、誕生日を祝う習慣は余り無かった。月の初めにまとめて   祝宴と呼ぶには主役達が放ったらかしのただの宴会と化しているが   酒宴を開くのが恒例となっているものの、どちらかと言えば、人の出入りが激しい隊内の親睦を深める為の色合いが濃い。
しかしいつの頃からか近藤は、隊士一人一人の誕生日に、彼らが好む菓子を手渡す事を始めた。それほど高価なものでもない。だが入ったばかりの新人隊士などは、組織のトップである彼が末端の隊士の誕生日のみならず、好みの菓子の種類までも把握している事に必ず仰天する。
基本的に近藤は物覚えが良くないが、こと対人関係に関しては恐るべき記憶力を発揮する。一度会った人間は忘れないし、会話の内容も大抵覚えている。それを意識せずにこなしてしまう辺りが彼らしいのだが。
ともあれ、どうやら今年は隊士達が逆襲する事に決めたようだった。
「浮かれんのが問題なんだよ」
「俺はそういうの大好き」
「あのな」
「毎日毎日命のやりとりしてるとさ。何かどっか麻痺してくんじゃねェかって思うんだ」
それまでの浮かれた調子そのままに、近藤の言葉に独特の響きが混じる。
優しさと厳しさとが複雑に入り混じったその声色は、彼にしか出せない不思議な音をしていると土方は思う。

「ここにゃあ親兄弟もいなくて、食いっぱぐれて、てめェの腕一本頼りに転がり込んで来たヤツとか多いだろ?
春には花見して、夏には花火見て、秋には紅葉見て、冬には雪合戦して。
誕生日は皆で祝って、美味い酒呑んでよ。
そういう他愛も無い、だけど人間らしいこともたくさんやってこそ。
自分達が何を護ってるのか忘れないでいられるんじゃねェかって、さ」
「…それはまァ、分かるけどよ」

近藤の優しさが、中毒性を持っていてタチが悪いのは、それが生きてゆく為の根幹の部分への、命に対する優しさだからだ。表面的な甘さに惑わされてそれに気付いた頃には、大抵の人間は手遅れになっている。
手遅れの筆頭の一人である土方は、深い深い溜め息をつき。
ポケットから小さな包みを取り出した。机に花が一つ増える。
「誕生日おめでとう、近藤さん」

きょとんと目を見開き、ついで返って来た表情と笑い声を、土方は一生忘れないだろうと思った。





ちなみに総悟からは直径16cmある三笠焼き(実在します)。「嫌がらせか!」@土方