「何だ、まだやってたのか」
近藤さん、と土方が掛けた声に、しかし応えは無かった。
自身の私室の前庭で一心に木刀を振る近藤は、流れる様な動作で次々と型をこなしていく。
人の気配に敏感な近藤は掛けられた声に気付かないという事がほとんど無い。
警戒心からではなく、関心の最優先対象が「人」である為らしいが、しかし屯所で、自室に居る時に限っては仕事にしろ遊びにしろ、何かに没入している事が時折あった。
宴会まで時間が空いたからと素振りをしていたのは知っていたのだが、今日もどうやら結構な時間、集中していたらしい。
土方は目を細め、縁側からしばらくその所作を眺めていたが、意識して声を張る。
「近藤さん」
「んっ?」
振り返った拍子に飛んだ汗が、沈みかけた夕陽に光る。
「トシ」
「そろそろ、みんな集まってんぞ」
「ああああ、もうこんな時間?!」
それまでの真剣な表情はあっさり消えて、近藤は慌てて部屋に戻って行く。
「汗流して来るから先に始めといて!」
着替えを引っ掴んでばたばたと走り去る背中を見送って土方は苦笑する。
「アンタがいないのに始めるワケねェだろ」
神など信じない荒くれた男達が、 一年にただ一度、このかけがえの無い存在を天に感謝する日なのだから。
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