幕臣どもの真選組いびりは最早レクリエーションに近いんじゃないかと思う。
始末書の山を大量に築いてる件に関しては(総悟の奴!)反論の余地も無いが、
それにしたって功績もまた充分な筈だし、そもそも普通の警察の連中が持て余す様な仕事を請け負ってるんだから、難易度が高いのは当たり前だ。
結局のところ、気兼ねなくいびれるから、ただそれだけのことなのだ、おそらく。
近藤さんがまたストレートに反応するもんで、連中にとっちゃ面白い玩具みたいなもんなんだろう。
近頃は流石に近藤さんも、それなりにあしらえる様になってきてるらしいが、連中の仕掛けもますます陰湿になってきている。

今日もいきなり呼び出されたと思ったら、郊外の、何やら大層な雰囲気の茶室に連れて来られた。
おまけに相手は人間国宝だとか言う茶道家元の爺らしい。
日頃の労をねぎらう為だとか言いながら、魂胆は見え見えだ。
「どーしよトシ。俺、作法なんて知らねェよ」
「安心しろ。俺も知らねェ」
「出来るかァア!!」

案の定、近藤さんはのっけからおたおたで、幕臣どもの失笑を買っている。
いやいやいや畳の縁にけつまずくとかあり得ねェから。
ああチクショウ。



いの一番に茶を受け取るはめになり(もちろんそう仕組まれたんだ)、
見様見真似の機会すら与えられずに高価そうな茶碗に入った茶を差し出され、
挙動不審に陥っていた近藤さんが不意に動きを止め、小首を傾げた。
何かに耳を澄ましているらしい。皆の咎める様な目が集まるがそのまま動かない。
静まり返った茶室内に入り込む葉ずれの音、そして、はたはたと、かすかな物音。
丸窓の格子の外、何処か近くで鶯が鳴いた。
それはもう、まんま字に書いた様に、ホーホケキョ、と。

近藤さんの口元がつと、キレイな弧を描いた。
一瞬目を閉じて、半眼に開く。
すっと背筋が伸びて、纏う気配が変わったのが分かった。
凛とした、だが何処かリラックスした気配。
屯所内の道場で、稽古を始める前に瞑想する、あの感じに似ていた。

迷いの無い動きで礼をする、茶碗を取り口をつける、作法なんて多分まるきりなっちゃいなかった筈だが、一連の動作は美しかった。
もともと近藤さんは田舎道場でとはいえ、正式な流派の剣術を基本から学んだ人だ。
素の時はバタバタと騒がしいが、気を入れた時の動きは流れる様で、無駄が無い。

「結構な御点前でした」
「お気に召されましたか」
「はい」
近藤さんがにかっと笑う。いつもの、屈託ない笑顔。
人間国宝もゆったりと笑う。
幕臣どもは、ぽかんと毒気を抜かれた様なツラをしていた。
ザマァみろだ。



窮屈な場から解放された後、ゆったり庭を散策しながら出口に向かう俺達に声が掛かった。

「近藤殿」

あの人間国宝の爺さんだった。

大欠伸をかましていた近藤さんがあわてて向き直る。
「今日の席で何か。何分田舎者で…お気に触ったのなら申し訳ありません」
「いやいや逆です」
「は?」
「作法など形式的なものでしかありません。
大切なのはお客人に楽しんでいただくこと」

茶の湯、景色、空気、音、供される時間のすべて。
もてなしの心、それを受け取る心。
多分、彼が言いたいのはそう言うことなんだろう。
ステイタスシンボルの様に、茶の湯の形にうつつを抜かす連中より、
そこに込められた心をきちんと受け止めてくれるヤツの方が、
作法がなってなかろうと遥かに快いものに決まってる。

そしてこの爺さんが、あの場での俺達の扱いがどんなものだったか、
分からなかった筈は無い。

だが、そうでありながら。

あの時。
自然に囲まれた茶室で、鳥の声に耳を傾け、木々の葉ずれの音に包まれながら
出された茶をだた純粋に喜んだ近藤さんは、彼のもてなしの心をしっかりと受け取ったんだ。

近藤さんの長所の一つは、ありとあらゆる雑音をものともせず、
相手の気持ちの一番根っこを   相手自身でさえ気が付かないこともある   見抜き、受け止めてしまえることだ。
同時に短所の一つは、そうした自分が受け止めたもの、返した行為の凄さに、無自覚なことだ。

いまいち良く分かってない風の近藤さんに、好々爺といった笑みを浮かべ、
人間国宝は(結局最後まで名前を覚えられなかった)、小さな包みを差し出した。
「良い一期一会でした」

小さくなっていく背中を見送りながら、
「…イチゴイチエって何だっけ?」
何か美味しそう、などと恍けたボケをかましている近藤さんに俺は笑いかけた。
「アンタに会えて良かったってことだよ」



渡されたのは、シンプルだがおそらく高価だと分かる茶巾に包まれ、
シンプルだが間違いなく高価だと分かる棗に入った、良い香りのする茶っぱだった。





〈03 からかわないで!〉

苺じゃないよ近藤さん。